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補身湯〔ポシンタン〕にしないで!

万葉集…七夕の歌

<巻一七・3900/ 大伴宿禰家持>
十年七月七日の夜に、独り天漢を仰ぎて、聊かに懐を述ぶる一首
織女し 舟乗りすらし まそ鏡 清き月夜に 雲立ち渡る
右の一首、大伴宿禰家持が作

【現代語訳】
織女が舟を 漕ぎ出したらしい (まそ鏡) 清い月夜に 雲が立ち渡っている。 
【韓国語訳】
직녀가 배를 저어가고 있는 것일까. 거울같이 청명한 달밤에 구름이 지나가고 있네.

***
<巻一八・4125- 4127/ 大伴宿禰家持>
七夕の歌一首并せて短歌
天照らす 神の御代より 安の川 中に隔てて 向かひ立ち 袖振り交し 息の緒に 嘆かす子ら 
渡り守 舟も設けず 橋だにも 渡してあらば その上ゆも い行き渡らし 携はり
うながけり居て 思ほしき 言も語らひ 慰むる 心はあらむを 何しかも 秋にしあらねば言どひの 乏しき子ら
うつせみの 世の人我も ここをしも あやに奇しみ 行き変はる 年のはごとに 
天の原 振り放け見つつ 言ひ継ぎにすれ

【現代語訳】
天照らす 神の昔から 安の川を 中に隔てて 向き合って立ち 袖を振り合い 命がけで 恋い焦れ嘆く二人よ
渡し守は 舟も用意していないし 橋だけでも 渡してあったら その上を 渡って行って 手を取って 互いに抱き合っていて 話したい ことも語り合い 気を晴す こともあろうに何ゆえに 秋でないと 逢うことも 稀な二人なのか
(うつせみの) 世の人われわれも このことが なんとも不可思議で 改る その年ごとに 天の原を 振り仰ぎ見ては 語りぐさにするのだ

【韓国語訳】
아마테라스 신(天照大神)이 다스리던 옛적부터 은하수(安の川)를 사이에 두고 서로 마주하고 소매를 서로 스치며 목숨걸어 애타게 그리워하고 슬퍼하는 두사람.
뱃사공에게는 배도 없고 다리라도 놓여져있다면 그 위를 건너가서 손을 잡고 서로 안고 이야기하고 싶은 것도 서로 말할 수 있고 마음속의 응어리도 풀 수 있을텐데. 어찌하여 가을이 아니면 좀처럼 만날 수 없는 두사람인가.
세상사람들도 이 일을 참으로 불가사의하여 여겨 해가 바뀔 때마다 창공을 우러러보고는 이야깃거리로 하곤 하네.

***
<反歌二首>
天の川 橋渡せらば その上ゆも い渡らさむを 秋にあらずとも

安の川 い向かひ立ちて 年の恋 日長き児らが 妻問ひの夜そ
   右、七月七日に、天漢を仰ぎ見て、大伴宿禰家持作る。

【現代語訳】
天の川に 橋を渡してあったら その上を 渡って行かれように 秋でなくても

安の川を間に 向き合って立ち 一年間ずっと 恋い暮らした二人の 逢う夜だ今夜は
  右は、七月七日に、天の川を仰ぎ見て、 大伴宿禰家持が作ったものである。

【韓国語訳】
은하수에 다리가 놓여져 있다면 그 위를 건너갈 수 있을텐데 가을이 아닐지라도

은하수를 사이로 서로 마주서서 일년간 줄곧 애타게 그리워하던 두사람이 만나는 밤이다. 오늘밤은.
왼쪽은, 7월7일에 은하수를 바라보고 大伴宿禰家持가 지은 것이다.

***
<巻一九・4163/ 大伴宿禰家持>
   予め作る七夕の歌一首
妹が袖 我枕かむ 川の瀬に 霧立ち渡れ さ夜更けぬとに

【現代語訳】
あらかじめ作った七夕の歌一首
妻の袖を わたしは枕にして寝たい 川の瀬に 霧よ立ちこめておくれ 夜が更けないうちに

【韓国語訳】
미리 지은 칠석노래 한수
아내의 소맷자락을 나는 배게로 해서 자고싶네 강의 얕은 내의 안개여 자욱히 껴 주길. 밤이 깊어지기 전에


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この万葉集の発表で今学期は終わり。
私が発表する部分は七夕の歌。私が結婚するから、先生も愛の歌を選んでくれたようだ。
万葉集の歌は約1300年前の歌なのに、万葉集の歌の中では共感を覚える部分もけっこう多かった。人間が生きる形や感じることって、そんなに変わらないのかな。
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by dwsmile | 2006-06-12 19:40